よかとこみつけた ~隠れオブジェを目印に~
長崎の街角アート
http://www3.nagasaki-joshi.ac.jp/~s16la00/art/
長崎女子短期大学生活創造学科ビジネス・医療秘書コース
2017年度 森ゼミ
 長崎で電車やバスん窓から彫刻とかば見かけたことはなかですか。 そげん言われれば、なんかあったごたるねとか、なんであっとやろうか、と思うたおうち達んために、うち達森ゼミが調べてみたばい。
 長崎市が1989年(平成元年)に市制施行100周年になって、そいから1996年(平成8年)にかけて「彫刻のある街づくり事業」ていう記念事業ばしたそうです。 そんほかにも、街んなかに色々彫刻のあっとばってん、調べよるうちに他にも見逃すごたる面白かもんば見つけたけん、紹介しま~す。
 意外と近かところにあるけん、買いもんとかのついでにさるいてみたらどげんですか。 もちろんタダで見らるっとこばっかいばい。 長崎バスん一日乗車券(500円)で巡るお薦めルートも紹介すっばい。
 お諏訪さんの長崎公園にもよぉけ銅像とか石碑の建っとっとばってん、もう先輩達の紹介しとんなっけん、そっちば見てくれんですか。 平和公園にもよぉけあっけん、そっちは後輩達に任すっばい。
※文章をポイントすると日本語訳が表示されます。
地図上のマーカーまたは下の作品名をクリックするとポップアップが表示されます。
ポップアップの写真をクリックすると詳細または拡大写真が表示されます。

諏訪神社   
 作品概要
神馬像 神馬像 昭和60年(1985)に諏訪神社に奉納された。平和記念像の作者故北村西望氏102歳の時の作品。
諏訪神社回廊天井絵 諏訪神社回廊天井絵 平成3年(1991)9月に長崎地方を襲った台風17・19号により倒壊した諏訪神社回廊を、平成7年(1995)11月に再建した際に、神社縁りの作家の方々75名の作品を展示。
上野撮影局跡 上野撮影局跡 上野彦馬は文久2年(1862)にわが国初の営業写真館を開業した。上野撮影局で撮られた坂本 龍馬の写真と同じ構図で記念撮影ができるよう再現されている。近藤 浩一氏の作品。
マクドナルド顕彰之碑 マクドナルド顕彰之碑 ラナルド・マクドナルドは嘉永元年(1848)、利尻島に上陸したものの密入国者として長崎に護送された。そのとき、通訳であった森山 栄之助はじめ14名に英会話を教えた。レリーフは山崎 和國氏、書は本学元学長で書家の江副 景舟(功)氏。
長中健児ここに在り 長中健児ここに在り 1884年に長崎奉行所立山屋敷跡(現在の長崎歴史文化博物館)に創立された旧制長崎県立長崎中学(現在の長崎県立長崎東高長崎西高)の創立100年を記念して建立。像は卒業生で彫刻家の富永 直樹氏、碑文は同じく卒業生で文芸評論家の山本 健吉氏。
福澤諭吉先生之像 福澤諭吉先生之像 慶應義塾大学の創設者で一万円札でおなじみの福澤 諭吉の像は、諏訪神社五の鳥居脇にある祓戸神社内に建てられている。1854年から約1年間長崎に遊学しており、寄宿していた光永寺(長崎市桶屋町)、砲術家の山本 物次郎宅跡(長崎市出来大工町)にも石碑がある。
御神牛 御神牛 桜馬場天満宮に奉納されている神牛。戦時中に供出されていたものを1992年に再建した山崎 和國氏の作品。自分の身体と同じ部位を祈念してさすれば良くなるとの信仰がある。
長崎公園の記念碑 長崎公園の記念碑 長崎公園内には多数の銅像、記念碑などがあります。詳細は2011年度の研究発表をご覧ください。
風頭   
 作品概要
坂本龍馬之像 坂本龍馬之像 龍馬の銅像建つうで会の呼び掛けに賛同した長崎を始めとする全国の有志から寄せられた資金により建立されたもの。未来を担う青少年達へのメッセージが込められている。制作は山崎 和國氏。
龍馬ぶーつ像 龍馬ぶーつ像 坂本 龍馬は、日本で最初にブーツを履いたといわれている。この龍馬ぶーつ像は、亀山社中創設130周年記念事業の一環として建立。
龍馬通り 龍馬通り 風頭(かざがしら)方面から亀山社中記念館への通りに建っている。
市役所   
 作品概要
不思議な水の力 不思議な水の力 重さ300kgの石の球が、台の下の細いパイプから送られた水の力で押し上げられ、手で押すだけで簡単に回転する。このモニュメントは、1991年の長崎水道創設100周年にあたり設置された。
中核市記念碑 中核市記念碑 長崎市が中核市となったことを記念し、平成9年(1997)に設置された田中 裕子氏原案によるモニュメント。
遠隔操作Ⅲ 遠隔操作Ⅲ 創業天和元年(1681)カステラづくりの老舗 松翁軒の店頭にある高濱 英俊氏の作品。お店の営業時間外は格子状のシャッター内となります。
花吹雪 花吹雪 平和記念像の作者である北村 西望氏の作品。1974年の長崎市民会館落成記念として建立された。
平和の叫び 平和の叫び 富永 直樹氏の作品であるが、植栽のため詳細不詳。
二宮尊徳像 二宮尊徳像 1940年に橘 高次郎氏から当時の新興善小学校に寄贈された。しかし、新興善小学校は勝山小学校と統合され、跡地は長崎市立図書館となっており、その前庭に移設された。新興善小学校は昭和20年の原爆投下後、特設救護所として負傷者を治療した。二宮尊徳像は、賑橋パーキングセンターの出入り口脇の植え込みにもある。
お龍さんと月琴 お龍さんと月琴 坂本 龍馬の妻、お龍が長崎で身を寄せていた小曽根邸(現在の長崎地方法務局)。当主の乾堂は篆刻家であり、中国から伝えられた楽器である月琴も得意としており、お龍も弾いていたといわれている。
眼鏡橋   
 作品概要
たぬき絵の側溝蓋 たぬき絵の側溝蓋 長崎出身のたぬき絵作家 堤 けんじ氏のデザインによる側溝蓋。アルコア中通り商店街には同氏の異なる絵柄のものがある。
龍踊りのプレート 龍踊りのプレート 諏訪神社の秋祭りである長崎くんちで奉納される「龍踊り」にちなんだ諏訪町のプレート。この他にも、本古川町、銀屋町、新橋町、紺屋町など。
ぽんたくん ぽんたくん カッパの絵で知られる清水 昆氏原作のオブジェ。昭和57年(1982)の長崎大水害を忘れないよう、被害を受けた眼鏡橋下流の袋橋側に1992年に建立されたもの。
春の薫り 春の薫り 親和銀行長崎営業部前庭の少女像。当時長崎大学助教授の佐藤 敬助氏1990年の作品で、日彫展受賞作品。
水害復興と友好の記念碑 水害復興と友好の記念碑 昭和57年(1982)の集中豪雨で中島川の石橋群も流失したり壊れたりした。石橋にゆかりの深い中国に依頼して製作した水害復興記念碑。
近藤昶次郎顕彰碑 近藤昶次郎顕彰碑 坂本 龍馬の親友であった近藤 昶次郎(こんどう ちょうじろう)は、亀山社中で軍艦や武器などの売買交渉を担当していたが、仲間には内緒でイギリスへの留学を計画した。しかし、社中盟約書に違反したとして小曽根 乾堂(こぞね けんどう)邸(現在の長崎地方法務局)で切腹した。昶次郎の墓は眼鏡橋からもほど近い晧台寺にある小曽根 英四郎の墓所にあり、碑銘「梅花書屋氏墓」は、龍馬筆とも言われている。小曽根 英四郎は、小曽根 乾堂の弟で、坂本 龍馬らを支援していた。書は、昶次郎の曽孫にあたる川邉 篤次郎氏。
黙子如定像 黙子如定像 黙子 如定(もくす にょじょう 1597-1657年)は中国の僧で、日本最古の中国寺である興福寺の住職であった。アーチ形の石橋である眼鏡橋を架設した。山崎 和國氏の作品で1994年に設置された。
上野彦馬生誕地 上野彦馬生誕地 上野 彦馬は、天保9年(1838)銀屋町に生まれた。彦馬は、フランス人ロッシェについて写真術を学び、文久2年(1862)、中島川湖畔に商業写真館・上野撮影局を開設。坂本 龍馬、高杉 晋作ら著名人の肖像や各地の風景を撮影し、貴重な写真を後世に残すとともに、多くの門人を育成し、わが国写真業界の基礎を築いた。
賑橋のカエルや鯉 賑橋のカエルや鯉 賑橋パーキングセンターの出入り口脇の植え込み。焼き物のカエルや鯉などの置物を埋め込んで川の様子を表現している。大黒様の鬼瓦や恵比須様も置かれている。また、二宮尊徳の像もある。
浜町   
 作品概要
水浴の女 水浴の女 銕橋(くろがねばし)の上にあるイタリアの現代彫刻家エミリオ・グレコ1964年の作品。
夕顔丸 夕顔丸 1863年にイギリスで建造された蒸気船で、1867年に土佐藩がイギリス人商人オルトから購入した。坂本 龍馬は、長崎からの航行中に後藤 象二郎らと共に「船中八策」を考案したとされる。土佐商会跡に建立された。藤原 健太郎氏作。
築町の球体 築町の球体 築町と銕橋(くろがねばし)の横断歩道の築町側の左右に設置されている球体。築町と月をかけて月をイメージしているのかも。
築町の側溝蓋 築町の側溝蓋 築町と月をかけて月をイメージしているのか。
思案橋入り口アーチと街路灯 思案橋入り口アーチと街路灯 電車通りから思案橋通りの入り口に設置されている。坂本 龍馬やトーマス・グラバーなど長崎を訪れ活躍し、賑わせた人物達である。昼間にしか見ることはできない!
十八希望の鐘 十八希望の鐘 十八銀行本店前にあり、長崎の四季にひびきわたりふるさとの限りなき繁栄と幸福を希望して建てられた。制作は三菱重工業長崎造船所。
なんばんえびす なんばんえびす 十八銀行本店にあり、同行の創立100周年を記念して1977年に建立された。長崎出身の流 政之氏の作品。
おらんだ橋の時計 おらんだ橋の時計 1955年、銅座川に架けられたおらんだ橋の欄干には時計がデザインされている。
安息の日 安息の日 1992年に設置された黒川 晃彦氏のブロンズ像。
クジラのプレート クジラのプレート 諏訪神社の秋祭りである長崎くんちで万屋町が奉納する「くじらの潮吹き」にちなんだプレート。街路灯もくじらがデザインされている。
丸山公園の坂本龍馬之像 丸山公園の坂本龍馬之像 坂本 龍馬の刀傷が柱に残っているという史跡料亭花月の前、丸山公園にある龍馬像。彫刻家小﨑 侃氏の作品で、丸山公園に龍馬の銅像を建てる会(花街丸山と志士を繋ぐ会)により2009年に建立された。台座に2頭の龍があしらわれているが、背面で尾がハート形に交差している。
7.23長崎大水害水位 7.23長崎大水害水位 1982年7月23日の長崎大水害では、碑が建つ思案橋では1.57mの水位となり、大きな被害をもたらした。その復興の象徴として長崎の港から未来へ向かう御朱印船がデザインされている。碑文は悟真寺住職だった木津 義彰氏。浜町アーケード、中央橋交差点付近にも水位を示すプレートやモニュメントがある。
大波止・出島   
 作品概要
大波止の鉄玉(鉄砲玉) 大波止の鉄玉(鉄砲玉) 長崎七不思議で「大波止に玉はあれども大砲なし」とも歌われているが、この玉は大砲の弾丸でない可能性があり、江戸時代呼び名も定まらなかった背景がある。文化財指定にあたり「大波止の鉄玉」と呼称し、長年の愛称「鉄砲玉」を併記することとした。
車輪とレール 車輪とレール 長崎駅から上海航路と接続する長崎港駅(出島岸壁)まで伸びていた臨港鉄道の車輪とレールの一部。1987年に廃線となった。
巨大アンカー 巨大アンカー 明治41年(1908)に作られた高さ2.3mの巨大な碇。1996年の「海の日」施行記念にあたり設置された。今でも標識灯をつけ航路標識灯の代わりとして活用されている。
出島町のマンホール 出島町のマンホール 日蘭交流400周年となる2000年のながさき阿蘭陀年を記念してデザインされ、出島町に設置された。出島の東側には1890年に中島川に架けられた鉄製の出島橋(土木学科選奨土木遺産)があるが、出嶋橋(DESHIMA-BASHI)と掲げられており、漢字も読みも現在とは異なっていたようである。
小曽根 星堂の書(長崎税関) 小曽根 星堂の書(長崎税関) 長崎県美術館に近い長崎税関は出島町にある。小曽根家は出島を築造した出島町人の一人であった。その縁なのか、長崎税関の文字は坂本 龍馬とも交流のあった小曽根乾堂(こぞね けんどう)の孫にあたる小曽根 星堂(均治郎)氏の書。
旭大橋の欄干 旭大橋の欄干 アミュプラザ長崎側から対岸の旭町を結ぶ旭大橋の欄干に謎の球体。旭町側で大きくカーブしていることから、橋全体を長崎くんちの龍踊りに見立て、龍が玉(月)をくわえた様子を表しているものと思われる。
ペーロンの覇者 ペーロンの覇者 ペーロンとは中国から伝わったと言われる木造の船の速さを競う長崎の伝統行事。JR長崎駅前の高架広場とをつなぐ歩道橋エレベータ脇に建つ。作者は田中 久勝氏、1992年の建立。
少女と盲導犬の像 少女と盲導犬の像 視覚障がい者支援活動を行ってきたライオンズ国際協会長崎クラブの結成50周年を記念し、2007年長崎駅前高架広場に建立。作者は田中 久勝氏。
獅子像 獅子像 北村 西望氏の百歳慶賀(1983年)として長崎県に寄贈されたもの。長崎県庁旧庁舎正面玄関前にあったが、2018年1月に新庁舎前に移設された。
花吹雪 花吹雪 長崎県美術館の屋上庭園(無料ゾーン)に設置されている北村 西望氏1961年の作品。同じ題名の像が長崎市民会館の前庭にもある。
クスコの少女 クスコの少女 長崎県美術館の屋上庭園(無料ゾーン)に設置されている富永 直樹氏1983年の作品。第15回日展出品作品。美術館が開館している時間帯のみ見ることができます。
荒海の男 荒海の男 長崎県美術館の屋上庭園(無料ゾーン)に設置されている富永 直樹氏1969年の作品。第1回日展出品作品。美術館が開館している時間帯のみ見ることができます。
新風 新風 長崎県美術館の屋上庭園(無料ゾーン)に設置されている富永 直樹氏1971年の作品。第3回日展出品作品。美術館が開館している時間帯のみ見ることができます。
無題 無題 NTT出島ビル前に設置されているモニュメント。詳細不明。
フレンドシップメモリー フレンドシップメモリー 日本とポルトガルの交流に尽力した6人を題材にしたEscultor Martins Correiaの彫刻。1970年の日本万国博覧会で展示され、1973年に長崎市が譲り受けたもの。今回紹介している中で唯一有料施設(出島)内にある。
ミッフィーかくれんぼ ミッフィーかくれんぼ オランダの絵本作家であるDick Bruna氏の絵本の主人公であるミッフィーが、出島表門橋の周辺9カ所に埋め込まれている。いくつ見つけられるかな。
茂里町・宝町   
 作品概要
ココウォーク前のカエル ココウォーク前のカエル みらい長崎ココウォークには、かつて長崎バスの茂里町営業所と整備工場があり、営業所から出発するバスは小さな川に架かる橋を渡っていた。その川も暗渠となってしまったのか、川の流れをイメージしたせせらぎが設けられ、そこにカエルのオブジェが置かれている。
平和賛歌・希望の歌 平和賛歌・希望の歌 長崎ブリックホール近くに架かる梁川橋上に建つ山崎 和國氏1995年の作品。写真左が平和賛歌、右が希望の歌。橋の欄干にも平和の象徴として鳩のデザインが施されている。
波貌(WAVING FIGURE) 平和・融和・発展 波貌(WAVING FIGURE) 平和・融和・発展 銭座町バス停そばの宝町公園にある建畠 覚造氏1990年の作品。近くにはハート型のブロックが埋め込まれているところがありますので、探してみてね。
あなたと…(流れについて) あなたと…(流れについて) 武荒 信顕氏 1995年の作品。かつては上部から水が流れていたが、今は止まったまま。
イルカ イルカ 宝町バス停前、ザ・ホテル長崎BWプレミアコレクションの玄関脇で見つけた親子イルカ像。
和 三菱重工記念会館の庭に設置されているが、詳細不明。館内のレストランさくら亭は一般の方も利用できる。
サンタのマンション サンタのマンション 梁川公園から城山台方面への道路沿いに建つサンタヒルズマンションの植え込みに座るサンタクロース。
稲佐山   
 作品概要
450年のきもの 450年のきもの 稲佐山展望台にあるペドロ・ラモス氏 1993年の作品。日本・ポルトガル友好450周年を記念してリスボン市より寄贈された。
ケイ ケイ 稲佐山公園の噴水前にある菅原 富美高氏 1996年の作品。近くには国際花と緑の博覧会(1990年・大阪)出展記念庭園のモニュメントも。
ドルハルバン・水を汲む女人像 ドルハルバン・水を汲む女人像 稲佐山公園ドッグラン入り口にあるドルハルバンと右側の水を汲む女人像(ムル・ホーポック)。いずれも長崎市観光協会との姉妹結縁を記念して韓国の済州道観光協会より贈られたもの。ドルハルバンは石のおじいさんと言う意味で1987年5月に、水を汲む女人像は1988年5月に設置された。
平和公園   
 作品概要
平和記念像 平和記念像 ご存知、平和公園のシンボル平和記念像。昭和26年から5年間かけて浄財を集めて建設され、昭和30年(1955)8月9日の原爆十周年記念日に竣工した。彫刻家で芸術院会員の北村 西望氏の作品。この他にも平和公園には多数のモニュメントがある。
平和のビジョン 平和のビジョン 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館前ロータリー。米国セントポール市との友好のシンボルとして以前は木製のトーテムポールが立っていたが、老朽化したため撤去され、それに代わるものとして2012年に寄贈されたもの。
長崎の鐘 長崎の鐘 浦上教会のすぐ下にある天主公園の外壁には「長崎の鐘」の楽譜と歌詞が刻まれている。長崎の鐘は、作詞 サトウハチロー、作曲 古関裕而、藤山一郎の歌でヒットした。自ら原爆に被爆しながらも献身的に被害者の救護にあたった長崎医大教授・永井隆博士の著書「長崎の鐘」に感動して作られたと言われている。
風の中で(サックス) 風の中で(サックス) 岩屋橋交差点そばの公園に設置されている西野 康造氏 1993年の作品。ちなみに岩屋橋の欄干には長崎くんちの出し物である阿蘭陀漫才がデザインされている。
青空夜空 青空夜空 長崎県立総合体育館(アリーナかぶとがに)にあるキリンの像。安藤 泉氏 1996年の作品。
市営庭球場改修記念碑 市営庭球場改修記念碑 第69回国民体育大会(長崎がんばらんば国体)の開催にあたり、市営庭球場の改修を記念して2014年に設置された川那 守氏の作品。
無題 無題 城栄町公園に設置してある川那 守氏の作品3点。
南山手   
 作品概要
孫文と梅屋庄吉・トク夫妻 孫文と梅屋庄吉・トク夫妻 長崎に生まれ、日本活動写真株式会社(現在の日活)の創立者の一人である梅屋 庄吉は、中国の革命運動の指導者である孫文を支援し、辛亥革命を成功に導いた。辛亥革命100年を記念して、2011年に中国政府から長崎県に孫文と梅屋の友情を顕彰し、中日友好と発展を願って贈られた。制作は、南京市油画彫塑院院長 王 洪志氏。国道の向かいには長崎市旧香港上海銀行長崎支店記念館 長崎近代交流史と孫文・梅屋庄吉ミュージアムがある。
順風耳と千里眼 順風耳と千里眼 長崎ちゃんぽん発祥の中華料理店四海楼前に建つ。中国に昔から伝わる航海の神様「媽祖」家来で、千里先の悪だくみを聞きわける能力を持つ順風耳、千里先の動きを監視できる千里眼。
小曽根乾堂翁像 小曽根乾堂翁像 小曽根 乾堂(こぞねけんどう)は幕末から明治の豪商で事業家・書家・文人画家・篆刻家である。明治政府の御璽・国璽も刻した。また坂本龍馬や海援隊を財政面でも支えていた。グラバー園の港側は小曽根家が埋め立てた土地であることから小曽根町となった。像は金刀比羅神社(ことひらじんじゃ、東琴平1丁目)の公園内に建てられている。
女の都   
 作品概要
母 mother 母 mother 長崎市女の都(めのと)団地のモニュメント。台座の文字は元長崎市長の伊藤 一長氏、デザインは谷村 隆三氏。1996年に設置。長崎駅前から長崎県営バスまたは長崎バスの女の都団地行で幼稚園前下車。
畝刈地区   
 作品概要
人魚の丘 人魚の丘 ニューハーベン長崎 人魚の丘という団地入口のモニュメント。長崎駅前から長崎バス 石原・樫山・桜の里・大瀬戸・板の浦線で吉原または畝刈(あぜかり)下車。
深堀地区   
 作品概要
深堀恵比須 深堀恵比須 長崎市の深堀地区には、カラフルな恵比須様が多数ある。詳細は2016年度の研究発表をご覧ください。
長崎バス新地ターミナルからのおススメ周遊ルート
にゃがさきまっぷ